ある定食屋の風景

昼も遅い時間に、そこそこよく行く和食屋で昼食をとった。

 

食べログでの評判は普通だが、

ぼくは割と気に入っていて時々行く店だ。

席についた瞬間、壁に貼ってあった「鰆」の文字が視界に飛び込んできたので、

つい鰆の定食を頼む。

 

ぼくは和食が大好きだが、焼き魚を出す店へ行くと

魚をきれいに食べることに集中するあまり、まわりを見ることがほぼない。

ところがこの日はいつもと違って、なぜか周りを見渡す余裕があった。

 

調理場を含めても5坪もないであろう狭い店内にはOL二人組と、

工藤静香似の上品な女性と、ゆったりしたデニムシャツに

同じ色のバケットハットをかぶったロンブー淳に似た兄さんのカップル、

そして金髪にちょびひげを生やしたダンプ松本似のおじさんがいた。

 

すぐ左前の席に横並びに座っていた30代前半と思われる

静香と淳のカップルは、ほとんど会話らしい会話もなく、

静かに料理が来るのを待っていた。

 

料理が運ばれてきたあとも、ふたりは音もたてず静香に食事をしていた。
淳は神妙な面持ちでお櫃の米粒を箸ですくい取っていた。
静香もしゃもじについた米粒を箸でかきとっていた。

 

壁際の席に座っていたダンプ松本似のおっさんは
「ずぞぞぞーっ」と音を立てながらお茶漬けをかき込んでいた。

 

OL2人はぼくの後ろのテーブル席に座っていて姿は見えなかったが
「えっ、たかまつさん、ちょっとお茶飲み過ぎじゃないですかぁ」とか、
食後のおしゃべりに余念がない。この狭い店内では十分かしましい声量である。

 

少し経って、ぼくの前にも鰆を焼いた定食がやってきたので、
姿勢を正し、茶碗をとって、旬の味覚を楽しみつつ、

ひきつづきカップルのほうを眺めていた。

 

ほどなくカップルはきれいに料理を平らげた。

淳は静香から千円札を受け取り、会計を済ませた。


淳は帰るとき「ありがとう。ごちそうさま。ありがとう。」
と言いながら店を出て行った。
「ごちそうさまでした」はわりと言うけれど、
「ありがとう」と言う人は珍しいなぁと思った。

 

格好はちょいワルな兄さんだったが、
振る舞いは落ち着いていて、どこか上品さすら匂わせた。

 

カップルが食事を終えるのと前後してストライプのスーツを着た、

阿部寛とラーメンなんでんかんでんの社長を足して2で割ったような

細長いおっさんが1人で入ってきた。
おっさんはマグロ中落ちを食べていた。
おっさんはスマートフォンの画面をみながら食事をしていたが、
お櫃に米粒をぐわしっとこびりつかせたまま、

すぐに食事を終えて店を出て行った。
(ぼくよりも早く食べ終わった。)

 

時計の針は午後3時を過ぎようとしていた。

 上品な淳と静香の顔はもう思い出せなかったが、

ダンプ松本おじさんと、

阿部なんでんかんでん寛の顔だけが鮮明に脳裏に焼き付いていた。