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沖縄の思い出

友達のツテで、軍関係者以外は入れない

米軍キャンプを案内してもらえることになった。

 

半分メモ書きになってしまっていてまとまっていないけど、

かなり面白い道中になったのでわすれる前にメモっておこうと思う。

 

友人の母上の義兄がアメリカの人で、

普天間基地の中のフードコートで長く働いていた。
今は基地内では働かずに移動パーラーをやっているらしい。
彼の名はスティーブ。
陽気でよく喋る縦も横も体格のよい60手前のおっさんだった。

(あとで思うと、歳より若く見えた。)
趣味は釣りとサーフィン。
自分の住む1LDKのうち一部屋は「趣味のアイテムであふれているよ」とのこと。


昔はテストライダーとして千葉や神奈川の浜辺で

サーフィンをしによく関東まできていたらしい。

乗ってきたバンは5年で17万kmは走っているらしく、

もう来年には買い換えると話していた。

 

基地入口のパス発行所では

運転免許証を受付のおじさんにだして、出生地と電話番号を尋ねられた。

受付のおじさんは日本語で質問をしてくるけど、

すべて英語になおしてタイプしていた。
基地では英語を話せれれば働けるらしい。
受付のおじさんも現地採用のようだ。

 

発行されたパスには自分の情報が印字されていた。

「スポンサー」という名称 でスティーブの名前があった。

 

スティーブは基地内ではずいぶん顔の広いようで
いろんな人に話しかけたり話しかけられたりしていた。

 

まったく初対面であろう女子の新兵にも英語で気さくに話しかけていた。

入口のパスの発行所では子連れの若い日本人のママに話しかけられていた。
夫が米軍関係者なのだろう。

リサ・ターナーマリリン・モンローの絵をリアルなモノクロ絵を

売っているおっちゃんにも話しかけていたし、

フードコートのピザ屋のおばちゃんにもなにか話していた。

 

基地内にいる軍人について解説してくれたのだけど、

エアフォースはそれほど厳しくなくて髪型はある程度自由のよう。
ネイビーはちょっと厳しくて長髪はアウトだけどアーミーみたいに

刈り込むまで短髪にしなくてもOK
アーミーはめっちゃ厳しく頭髪は常に刈りこんで短い。

 

基地内の床屋では刈り込まれるのを待つ若者が列を作っていた。

アメリカでは犯罪で捕まると三年懲役か軍役につくか選ばされるらしい。
なので新兵のなかには犯罪者も混ざっているとのこと。

ちなみに基地内は基本的に撮影禁止のようだった。

 

基地内では工事をしているエリアがいくつかあって、
政府が返還を求めてる部分があった。

 

基地内は軍人の寮や家があり、病院も図書室も学校もスーパーも映画館もあって、
基地内だけで十分生活できるようになっていた。

 

武器庫は厳重に管理されていて、センサーとカメラで常に監視しているらしい。

 

車で基地内をひととおり案内してもらったあと、
ショッピングセンターを回って
フードコートで昼食をとることになった。

そういえばフードコートの横にスーパーマーケットもあったけれど、

スーパーは外部の人は立入禁止で入れなかった。

 

ショッピングセンターは民間企業が入っているらしく、撮影OKだった。
「忍耐」という文字のかかれた日の丸鉢巻をしたマネキンが置いてあったり
古書店や掛け軸を売っている店もあった。


スケートボーダー専門アイテムを売っているお店でサングラスを購入
1本15ドル 2本で20ドル 3本で25ドルだった。
基地内ではUSドルが流通しているようで、
日本円も使えるけど「お釣りドルになるけどいい?」みたいな会話を店員とした。
友人ふたりもサングラスを購入したので出費は1,000円で済んだ。

フードコートはハンバーガーキング

Philly steaksというホットドッグ屋?ピザ屋などが入っていた。

 

Philly steaksは基地以外では出店していなそうだとおもい、
Philly steaksへ。ラージサイズを頼む。
ジュースはセルフサービスで、おかわり自由だった。
カップは600mlは入ろうかというサイズだったのだけど、
スティーブがいうには「それでスモールだ」とのこと。

 

基地内の自販機で売っているエナジードリンクのモンスターもアメリカサイズだった。

フードコートでスティーブは日本での生活について色々話してくれた。

宮崎は人も水も良い、と話していた。
沖縄は安心して子供を外で遊ばせられる、とみな言う、とも話していた。

 

スティーブ曰く
「沖縄は挨拶すれば90%挨拶が返ってくる。
 宮崎は挨拶すれば95%挨拶が返ってくる。
 東京? …はなしかけてもみんなしらんぷりだヨ」
 
「東京に知り合いが住んでいたから、関東にくるときは
 その知り合いの家に泊めてもらうんだけど、
 東京に住みたいとはまったく思わないよ。」
 
「自分のサーフィン仲間で
 琉球大学に受かってサーフィンしている奴がいる。
 彼が大学に通っているときに仲良くなったんだけど、
 大学には7年通って、大学を卒業したら実家の和歌山へ帰っていった。
 1,2年は和歌山で家業を手伝いながら、たまに沖縄へきていたけれど、
 やっぱり沖縄に住みたかったみたいで、
 刑務官の資格をとって、沖縄に戻ってきた。
 彼とは大学時代から数えるともう34年の付き合いになる。」

沖縄は賃金が低いよーと歎いていた。
物価は本土からの運送費用がかかっているからか平均と変わらないようだ。

年収200万でも生活するにはできるので、一年で300万円あればパラダイスだ、と。

スティーブの別の友人に半年間だけ働いて、残りの半年を沖縄で過ごす友達がいて、
(車かなんかの期間工ぽいかんじだった)300万円もって遊びにくるらしい。

 

面白かったのは、電話口でなにか注文したりするときに

普通に日本語で話すので「スティーブです」と話しても相手に全然伝わらないらしい。

「スティーブです」というといつも聞き返されたりするので

そのうち面倒くさくなって名前を「スナガワです」というようにしたそうな。

 

届け物があってヤマトの配達員から
「スナガワさんいま家にいらっしゃいますか? 
 ちょっと家がわからないので家の前へいてもらえますか」と
電話があったので、ずっと家の前に立っていたけど、
ヤマトの車はスティーブの目の前を二回素通りしてしまった、
三回目に前を通った時にスティーブが呼び止めてようやく車が止まった、

みたいなエピソードがあった。


ぼくはスティーブの話をきいて、
だれにも陽気に話しかけていく彼の人柄が好きになった。

そして都会の生活、地方の生活、島の生活についていろいろ思いを馳せた。
最近クオリティ・オブ・ライフとはよく言われるけれど、


深夜まで働いて、日付が変わる前に寝たことが多分今年一度もない自分の生活を省みてみると、やはりこのまま進むのはよくないのでは、と考えた。

 

 

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